2012.04.13up
 
誠実・重厚、そして成長
 
前日の嵐が嘘のような晴天に恵まれ、HWEの第32回定演は写真のように開場前から“長蛇の列”となった。

それは春の平和な一日を象徴するものであり、もちろん、HWEの持つ力の現れでもあった。
 
開場時間前に既に数百人が並んでいるという状態。その列は屋外にまで続いていた
 

 
昨年は震災の影響で文化会館を使うことが出来ず、5月に藤沢市民会館に於いて他の4校との合同開催となった定演は、“定期”ではないイレギュラーな演奏会(それはそれで楽しさはたくさんあったが)で「完全北陵色」ではなかった。

今回の定演は“らしさ”を遺憾なく発揮してくれるものと期待して、管理人もその列に加わった。

全体の印象は『誠実・重厚・成長』という言葉で表すのがよいか。

昨年の定演(5校祭)でも既にその一旦は感じられたが、とにかく基本に忠実であろうとする意志が隅々まで徹底されている。

それが1つ1つの音粒を際立たせ、積み重ね、厚みに繋げている。

去年の定演からコンクール、さらには秋に行われた「茅ヶ崎吹奏楽5高祭」といった一連のステージを聴いてきて、そうした意図が一貫して感じられる。

意識高くあろうとするため、ぶつかり合ったこともあったそうな。

そうした成長痛をどれほど音として発揮できるであろうか、という期待に溢れて着席させてもらった。


◇第一部◇ 秀逸な掴みから怒涛のラインナップ
 

ふるさと[作曲:岡野貞一]

思うに、この曲を演奏会の初っ端にやるというのは、彼らが音楽をできる喜びを表し、その環境が与えられていることへの感謝なのかと。

余談だが、管理人はこの曲の『志を果たして いつの日にか帰らん』という3番の歌詞を聴くたび、ひどく泣けてしまう。
まして震災・原発事故で帰るべき故郷を失った人たちは、いかばかりであろうか...

指揮の新倉先生ならびにHWE部員たちはそうしたことに思いを至らせたことであろう。

序曲「謝肉祭」[作曲:ドヴォルザーク]

今回の定演プログラムは、この曲を最初にやることによってほぼ成功を約束されたという印象を与えるほど秀逸な掴みであった。

場面転換の木管が心地よく、弱奏部の丁寧な音出しに、管理人は既に痺れていた。
金管の鳴る箇所のダイナミクスは大波のような迫力があり、かと思えばピッコロやオーボエもその存在感を清楚に主張する。

最後も盛り上がりつつもバランスが取れた演奏で、絶好の滑り出しであった。

風之舞[作曲:福田洋介]

昨夏コンクールJ部門でHWE1年生チームが演奏したものをはじめ、何度か耳にした曲。

おそらくは意図的にかなり抑えめに入り、徐々にテンションを上げてゆくグラデーションのような展開は、HWEのオリジナリティを感じさせた。
男子パーカッション軍団の思い切りのよさは相変わらずで、気持ちよかった。

エアロダイナミクス[作曲:D.R.ギリングハム]

ステージ左側から現代音楽風(?)に音が広がって始まったかと思うと、いきなりジャジーに展開。
ステレオ感、強弱、シンクロ性のいずれもが高い質を保って、楽しさを表現していた。

管の柔らかな音が雄大なイメージを醸し出し、遊び心に溢れている楽曲で、オマケのいっぱい入った“おもちゃの缶詰”でたくさん遊んだという感じで、HWE部員たちの解釈力の高さを窺わせる演奏だった。

  
  

 
左は開演前に演奏された金管八重奏、右は第二部の前に演奏されたフルート三重奏
 

◇第二部◇ 周到な準備と炸裂


第二部からは二階席で聴いてみた。
これは寒川高校指揮者の岡田寛昭さんのススメによる。
(ちなみに、彼は可能な限り二階席で聴くとのこと)

そして二階からの写真を撮るということにも腐心した。
(...但し、それがうまくいったとは言ってないよ...)

ジュビリー序曲[作曲:P.スパーク]

始まりと終わりのファンファーレがとても印象的。
金管の力強さが印象に残る演奏で、HWE金管チームの力量を存分に発揮した楽曲であった。
 
第二部の頭にこの曲を持ってくるに至るプロセスは「周到な準備」と呼んで差し支えあるまい。
そして、次にホルジンガーで炸裂する予兆を作ることにも成功したと言えよう。
 

 

古代の聖歌と祝典の舞曲[D.R.ホルジンガー]

2006年のHWE定演以来の再演。[詳しくはこちら

管理人の記憶では、土屋吉弘さんがHWEの定演で初めてホルジンガーを指揮した楽曲であり、それを聴いた時の衝撃はただならぬものがあった。

そして、その後も土屋さんの指揮するホルジンガーに酔ってきた。

管理人はこっそりホルジンガーの楽曲を自宅で聴いている。
自らの中に“ロックなテイスト”が欲しい時や、脳内の混乱を収めたい時のウォーミングアップに。

管理人の脳内辞書には「ホルジンガる」という動詞すら存在しており、思考が変拍子を伴って激しく動き回ること、さらには激し過ぎてテンパることを表す際に用いる。
(といっても、その単語を使うのは現時点では管理人のみであるが...)

指揮棒を持たずにバンドを率いる土屋さんのロックぶりを見つつ、「小⇒大」「弱⇒強」の変幻自在ぶりに強烈なインパクトを与えられる。

管理人メモによると、「巨大な黒い生き物が登場し、その周囲にはなぜかにこやかに動く小動物のイメージ」とある。

この意味不明なイメージこそがホルジンガーの魅力であり、また、それを引き出す土屋吉弘という音楽家の魅力であろう。

是非これからもHWEにロックテイストを注ぎ続けてもらいたいと切望しています。
 

◇第三部◇ 難曲への対応見事
 
スペイン狂詩曲[作曲:ラヴェル]

管理人はラヴェルが編曲を手掛けた「展覧会の絵」が大好きで、それをきっかけにオーケストラの演奏を聴くようになったという経験を持っている。

したがって、今回の定演もこの「スペイン狂詩曲」をHWEがどう表現してくれるのか、とても楽しみにしてきた。
そして、その期待は叶えられた。

曲は4部に分かれていて(たぶん)、“眠りから少し目覚め、ちょっと薄目を開けると、また眠りに落ちてゆく”という第1部から徐々に覚醒してゆき、お約束とも言えるが、最後にはビッグウェーブがやって来る。

管理人の個人的感覚では、第2部のオーボエ、第4部のコントラバスのやや物憂げな演奏が印象に残っている。

言葉で書けば容易いが、ずーっと抑えめの演奏をしながら、爆発の予感を抱かせ、でもそう簡単には大爆発は見せない、という“じらし”とも言える楽曲の作りは「ボレロ」にも通じる、ラヴェルの生き方の写しなのかもしれない。
(全く違うかもしれませんが...)

それにしても、これを高校生が演奏するというのはかなり大変でしょ?と思う次第だ。

演奏自体にも忍耐力が要るだろうし、楽曲を理解・解釈することも簡単ではないはずだ。
これを演奏会の最後の曲に持ってきて、演奏者・聴衆の両方が納得するには、練習の過程で細部への執着も、かなりあったと想像する。

勇気あるプログラムだったと言えよう。
素晴らしかった!


アンコール ウィリアム・テル[作曲:ロッシーニ]

解放感に溢れるタテノリの曲で、冒頭の「ふるさと」からこのアンコールまで、よく練られていた。

既に来年の定演も楽しみだぜ!

プログラム
 
◇第一部◇
ふるさと[作曲:岡野貞一]
序曲「謝肉祭」[作曲:ドヴォルザーク]
風之舞[作曲:福田洋介]
エアロダイナミクス[作曲:D.R.ギリングハム]

◇第二部◇

ジュビリー序曲[作曲:P.スパーク]
古代の聖歌と祝典の舞曲[D.R.ホルジンガー]

◇第三部◇
スペイン狂詩曲[作曲:ラヴェル]
アンコール ウィリアム・テル[作曲:ロッシーニ]
 
 

新倉徹也先生(通称「てっぴー」)も、部長の中込樹くんもプログラムに書いていたことだが、70人の部員がいる中でぶつかり合ってきたところもある、とのこと。
そして、ぶつかり合っただけでなく、それを解決してきたはずだ。

管理人はHWEが北陵高校の1つの象徴的存在だとずっと思っている。
それは即ち、「純朴だけど主張することはする。但し、自己主張のみに終わらず、他者の意見も受け入れて、やる時はやる」といった精神を音楽という媒体を通じて体現している、という意味である。

今後とも、湘南地区を引っ張るトップランナーとしての矜持を忘れず、走り続けて欲しいと願う。